苗字が大きく動いた明治8年|家系図作成 33000円から ”先祖の歴史を後世に伝えたい”

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苗字が大きく動いた明治8年

明治政府は江戸幕府を倒した後、幕府が定めた士農工商の身分を廃止する方針をとりました。そのため帯刀を禁じる廃刀令(1876年)と、農民や町民に苗字を名乗らせる平民苗字必称義務令(1875年)が出されました。
これにより苗字が大きく動いたのです。

桜と文翔館

家系図にはご先祖様の名前が載りますが、様々な理由で苗字が変わる場合もあります。その理由の一つに明治8年に出された法令があります。ここでは、日本の苗字制度が大きく動いたその出来事についてご紹介します。

明治8年前までの日本の苗字

苗字は「名前の豆知識」ページにも紹介しているように、平安時代の終わり頃に新興の武士が名乗り、その後は時代の流れに沿い御家人や公家などにも付けられるようになり、地主となる豪農などにも付けられるようになります。

領地の管理に関わることで付けられた苗字ですが、江戸時代には「苗字帯刀禁止令」が出され、苗字を名乗り帯刀することは武士の特権とされたため、平民は公の場で苗字を名乗ることを禁じられました。

明治に入り、明治3年に平民にも苗字の使用が許可され登録を促しましたが、税金を多く取られるようになるのではないかという憶測や登録後改名をしてはいけないという法令、徴兵令が出されたことなどにより、順調には進みませんでした。

平民苗字必称義務令の発令

苗字制度は、明治8年2月13日に公布された「平民苗字必称義務令」により、大きく動きます。この法令により強制的に全ての国民に苗字が付けられました。ほとんどの人はご先祖から受け継いだ家名を登録したようですが、中には家名も分からない人やこれを機に苗字を変えた人もいました。

苗字がわからないという人が新しい苗字を持ち、苗字を変えた人などがいたこの時期は苗字の転換期となり、この頃生まれた新しい苗字のことを「明治の新姓」と呼びます。

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